2019年05月11日

心の中の娘と共に:(37)

令和元年初日
 令和元年初日。朝7時目覚ましで目覚め、布団の上でヨガ。起きてから朝食の「黒五」(野生種の黒色穀物 黒米・黒大豆・黒胡椒・松の実・黒加倫のペプチド粉末)を湯で溶き、カップ1杯飲む。それから今日、86歳で介護の援助を受けている、ひとり住まいの叔母の家に持っていくものの準備をする。
 炊きあがったばかりのご飯を、叔母と私の昼食用に弁当箱に詰め、牛丼の具と紅ショウガをのせる。残りのご飯をおにぎりにする。それから卵をゆで、昨夜から煮干しを浸けておいた鍋で味噌汁を作る。具は、岩手の実家から移植したニラと、ジャガイモと三之助豆腐。出来上がった味噌汁は、スープジャーボトルに入れる。それからベランダのセリを摘み、ゆでて、からし和えにする。
 その他、今日持参のリストです。叔母の好きなものばかりです。

 @ 牛丼 2個 昼食用  (和牛、胚芽米 無農薬) 
  おにぎり 3個 (胚芽米 無農薬) 
  味噌汁 (岩手の実家のニラ・三之助豆腐・じゃがいも)1椀分
  ぬか漬け 自家製(有機野菜のキュウリ・カブ・ニンジン)
 A セリのからし和え  (ベランダの鉢植え)  
 B ブロッコリーのくるみ和え    (有機野菜)
 C 焼き芋 1本 (紅はるか)
 D タケノコのシュウマイ 1パック  (らでぃっしゅぼーや)
 E きんときまめ(煮豆)   (らでぃっしゅぼーや)
 F ミニトマトアイコ(島原産)  1パック  (有機野菜)
 G 春キャベツ 二分の一個  (有機野菜)
 H ゆで卵 4個  (平飼い卵)
 I 果物  いちご  1パック(有機栽培)  
 J お菓子   大福 2個  くるみゆべし 1個

 叔母の家まで、電車で片道2時間。文庫本1冊読み切る時間です。今日の車内はいつもとかわらない様子で、席も空いていましたので、読書に専念。
 叔母の家に入ると、正座している姿が見えました。2週間前には、ベッドで半身を起こすのがやっとでしたが、今はトイレまで歩けるようになったそうです。一緒にお昼を食べるときには、私にお茶も淹れてくれました。2月から身動きもままならなくて、「死ぬかと思った」と言った叔母が、ここまで回復したことを、私はとても嬉しく思いました。持参した春キャベツを刻みながら、「包丁が切れない」と私が言うと、「そう言われると思っていた」と返して笑った叔母。その笑顔は、私が令和元年に頂いた、最初の貴重な贈り物だと思いました。
 4時間ばかり話をし、叔母の家を出ました。電車の駅まで歩きながら、私は思いました、決めました。「平成」のほとんどは娘バルとともに過ごし、見送りました。「令和」は、つまり、私に残された日々は、最近外国人に日本語を教える、ボランティア活動に参加したことも含めて、叔母をはじめ、誰かのために何かできることがあれば、そのために生きよう……と。
(2019年5月11日)


posted by ジャン吉 at 08:43| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月27日

心の中の娘と共に:(36)

 学校へ行く道
 ブログ(27)で、私が中学生になって最初に習った、ジョン・ラスキンの「学校へ行く道」という詩の、一部しか覚えていない、ネットで調べても出てこない……ということを書きましたら、ネットで見つけました、という友達からの報告がありました。さっそく再検索してみましたら見つけました。
 「学校へ行く道」(昭和24〜25「中学新国語」上 三省堂)
  冬になって氷が張ると、
  冬になって雪がふると、
  学校へ行く道は長く、さびしい。
  その道を生徒が行く。
 
  だが愉快な春が来て、
  花が開き、鳥が歌えば、
  学校へ行く道のなんて短いことか。
  そして楽しい時間の短いこと。
  しかし、勉強が好きで、
  知恵を得ようとはげむ子には、
  学校へ行く道はいつでも短い。
  照る日も、雪の日も、また雨の日も。

  どういう人であろうと心はけだかく、
  どんなことをするにも心をこめて、
  何を話すにも心やさしく、
  いつでも人々の喜びとなれ。
  どこに君が住もうとも。
  (「日本少国民文庫」より)

 これを読んで、あらら、私のイメージと違うぞ、と思いました。訳詩といえども、詩の持っている形式やリズムがあまり感じられないし、詩というよりは、道徳の教科書を読んでいるような気がしました。私の習ったものとは違う訳だと思いました。
 私が中学生になったのは昭和30年4月です。上記の詩は昭和24〜25年の教科書に載っていたということですから、5、6年の時間差による訳の違いがあるとすれば、戦後の世相の流れを反映しているのかも知れない、と思いました。
 それにしても、私の「学校へ行く道」は、どこで私を待っているのでしょうか。あるいは、私の思い込みで、実際には上記の詩しか存在しなかったということなのでしょうか。

近況あれこれ
図書館は気持ちよい寝場所
 昨日一昨日の肌寒さが嘘のように、暖かな一日。図書館まで出かけましたが、通りの桜は八重桜に変わり、ハナミズキのつぼみが膨らみ始めていました。木々も薄っすらと緑がかって見えるようになっています。
 図書館で、いつものように書架の前をあちこち動き回り、本を探していましたら、すぐそばで「お加減はいかがですか?」という声がしました。振り返ってみると、図書館員が、眠っている年配の男性に声をかけたことが分かりました。それからもう一人眠っている男性に、同じように声をかけてから去っていきました。以前ブログで、ここ数年来いつ来館しても、椅子はほとんど年配の男性利用者に占領されていて、ちょっと座って拾い読みしようにもできない、というようなことを書きましたが、座っているだけではなく、眠っている人も二三人はみかけます。これまで、図書館側は何もしないでそのままにしている、と思っていましたが、眠っている人に声掛けをしているのを、今日初めて目にしました。では声をかけられた二人はどうしたかといいますと、一人は私物を椅子に置いたまま席を立ちました。もう一人はいったん目を開けましたが、図書館員が去るとそのまま、また眠りに入りました。
 確かに適度な室温で、周囲は静かだし、眠くなっても不思議ではありません。でも、ここは図書館です。図書館は何をするところか、分からない利用者はいないと思います。が、それでも、居眠りの人が後を絶たないのは、どこに原因があるのでしょうか。私なら、眠かったら家で大の字になって眠ります。図書館で眠る人は、家では昼寝もままにならない事情があるのでしょうか……。
(2019年4月27日)
posted by ジャン吉 at 10:57| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月13日

心の中の娘と共に:(35)

花見の季節
 今年も花見の季節がやってきました。わが家の近所は桜の木が多いので、花見はしていましたが、娘が亡くなってからは、ほとんど花見らしい花見はしていませんでした。
 今年の花見は家の中から始まりました。
 沖縄の友人が、所用で上京し、わが家を訪れたときのことです。玄関のドアを開けると、抱えた桜の花の後ろから「途中で見つけたので」と友人の声。
 鉢植えの花を抱えての電車の中では、帰宅時間で比較的混んでいるにも関わらず、周りの乗客が、花を散らさないように気を遣ってくれたり、話しかけたりで、和やかな雰囲気だったそうです。
 さっそく、テーブルに置き、花見の宴が始まり、夜中まで続きました……。
 その三日後、かつての同僚のYさんと花見の約束をしていました。当日は、あいにくの天候で、歩きながら少し桜を見てから、わが家での花見です。お酒を飲まないことを知っていましたので、食事とコーヒーでの花見でしたが、久々の出会いに、積もる話で盛り上がりました。
 その翌日、東京周辺に住んでいる、小学校からの同級生が数人、やってきました。半年ほど前から花見をしたいと言っていたので、ここのところ毎日、私はベランダから花の様子を眺めていました。そして一週間前に連絡し、八分咲きぐらいの桜を見ることができました。各々持ち寄りの弁当を食べ、ほぼ一日を花の下で過ごしました。
 同級生を駅まで送った帰り道、名前を呼ばれて振り返ると、近所の友達の鈴木さんでした。今年初めての出会いでした。二人とも、帰り道でもあるので、少し寄り道し、一緒に夜桜を楽しみました。それから久しぶりの出会いを惜しみ、近所の店で夕食をしてから別れました。
 今年の花見はこれで終わりかな、と思っているところに「明日花見に付き合ってくれませんか。弁当は私が作って持っていきますので」、というメールが姪から届きました。翌日、姪とその子供Kちゃんと一緒に前日と同じ場所で花見をし、姪が用意した、Kちゃんの好きなもの尽くしの弁当を食べました。それからわが家で、姪と私はコーヒー、Kちゃんはみどり茶(緑茶)でひと時を過ごしました。
 その後、カンツオーネの会の娘の友達から連絡があり、まだ残っている桜を見ながら一杯ということでしたので、宴の準備をして待ちました。結局、外の桜は寂しい感じがしたので、わが家で、沖縄の友達が抱えてきた鉢植えの花をテーブルに置き、残りの桜を見ながらの花見酒になりました。
 今年の花見は、家の中での花見に始まり、〆もやはり家の中で終わりました。娘バルもきっとそばで一緒に楽しんだことでしょう。

近況あれこれ
新学期
 新学期が始まり、姪の子供Kちゃんは小学三年生になりました。新学期二日目の今日、新しい教科書を配布されたKちゃんは、学校帰りにわが家に寄り、その教科書を見せてくれました。
 三年生から新しく始まる教科は、英語と理科と社会と習字ということです。
 私達の時代には、中学に入って初めて英語の授業が始まりましたので、小学校で英語の授業が始まることには驚きもし、また、羨ましくも思いました。
 Kちゃんの英語の教科書『Let‘s Try』を開いてみました。するとカラフルな絵とともに、「Hello!」「How are you?」「 How many?」など挨拶から始まって幾つかの例文が載っていました。六十四年前、私が初めて習った教科書は『グローブ リーダース』で、最初のページに載っていたのは「a dog」「 a big dog」だけだったと記憶しています。カラーページはありませんでした。Kちゃんの教科書のようだったら楽しく学べたかなあ……、としばし思いに浸りました。
                       
(2019年4月13日)
 
posted by ジャン吉 at 09:52| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする