2018年03月05日

心の中の娘とともに:(8)

誕生日
 3月4日、75歳になりました。朝、生前娘からもらった誕生日のカードが3枚だけ見つかりましたので、娘の遺影の前に飾りました。
 娘のがんが転移してから間もなくの、2012年のカードには「ママエ、今日、大事な日ですね。おかげ様で平安の中で起きられました。ママエ、いつも心からありがとうございます。心からご健康をお祈り申し上げます。バル」と書いてあります。自分が命に係わる病気なのに、私の健康を心から思っているのです。
 翌2013年には「ママエゼィンャヘ お母さま、心からお誕生日、おめでとうございます。ずうっと ずうっとお元気でいて下さいね。バルとプピ、ムーミンより」と、やはり私の健康を気遣っています。もう1枚は、動物の絵がいっぱいのカードに「かあちゃん、いつもどうもありがとう Forママエ From私達andバル」とありました。大抵深紅のバラの花とカードでした。
 26年もの間、私の誕生日には必ず祝ってくれたバル。長い間ありがとうバル。これからも誕生日にはバルからのカードを出して、バルからの言葉を心に言い聞かせますね。
 昼は散歩に行き、帰りに図書館で本を3冊借り、生協に寄り買い物し帰宅。昼食は茹でそば、夕食は生協で買った海鮮を主菜に。一人で飲む習慣はないので酒無しの誕生日の夕食。横浜で看護師をしている茜ちゃんから「誕生日おめでとう!」のメール。娘のいない誕生日は、平日と変わらぬ静かな一日でした。

友だちの誕生日
 私の誕生日の二日前、認知症の友だちのところにお見舞いに行きました。彼女は一年遅れの3月2日生まれ。若い頃、何度か二人で誕生日を祝ったことがありました。
 3月3日はお雛様の日、女の子の日ですが、私も彼女も女の子の日を外れた日の誕生ですから、「さもありなん」とお酒を飲みながら笑いあったものでした。
 ホームの部屋に入ったら、彼女は眠っていました。私は傍らの椅子に座り、本を読みながら、彼女の目が覚めるのを待っていました。まもなく彼女の娘さんも来て「眠っているなんて珍しい」とのことでした。
 一時間ほどして目覚めた彼女は、娘さんと私を見て「来ていたの?」とベッドの上から笑顔を見せました。瞬間、私は娘バルのことを思い出しました。入院中の娘も、目が覚めた時に友だちが待っているのを目にすると、心から嬉しそうに笑顔を見せたものです。
 友だちは、わたしが持参したひな祭り用の小さな花束に「きれい!」と声を上げてくれました。彼女の娘さんは私の誕生日も覚えていて、私にまでプレゼントをくれました。それから、ホーム主催の誕生祝いのお茶の会に、他の入居者と共に、私と彼女の娘さんも参加しました。朝、彼女がバナナを刻み、ホームの従業員が作ったというケーキと紅茶がテーブルに並びました。他の入居者の方は、皆さんかなりの年配の人ばかりで、あまり話をしませんが、一緒に友だちの誕生日を祝ってくれました。
 この日の彼女は笑顔が絶えませんでした。

(2018年3月5日)
posted by ジャン吉 at 11:19| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする