2018年11月17日

心の中の娘と共に:(26)

同窓会
 高校の同窓会の知らせが届きました。毎年行われているようですが、これまで出席したことはありません。今回は参加してみよう、と決めたのは、やはり昨年出版した闘病記『ホーザ:ブラジルからのおくりも:日本でガンと闘ったバルの記録』を読んでもらいたいと思ったからです。
 会場は日暮里のレストランということでしたが、何十年ぶりかで日暮里の駅に着いてみると、全く様変わりしていて、出入り口がどこにあるかもわからないありさまでした。駅員に案内してもらって外には出られたものの、今度は駅から歩いて2分というレストランが見つからないのです。これも一軒の店に入り、尋ねてやっとわかりました。
 会場となっている店の中に入ると、見たことのある気がする顔、顔、顔が並んでいました。実際には一人を除いて全く知らない同窓生たちでしたが、なんとなくなじみのある顔に見えたことで、顔にはその地方独特の雰囲気というものがあるのではないだろうか、と思いました。
 最初は総会でその後懇親会という流れでした。以下は初参加の私の感想です。
 同じ数人の役員が、総会でも懇親会でも話すなど、挨拶が多過ぎると思いました。そして話す誰もが冒頭に「時間がないので短く、と言われているので」と言うのも、時間の無駄だと思いました。役員・世話人の名簿を見ると、女性も数人載っていますが、会計報告をした一人以外は、みな年配の男性なのも気になりました。なんだか一気に何十年も前の過去の男性社会に引き戻されたような感じがしました。総会がこれでは参加者は減る一方だと思いました。参加者が年々少なくなるので、昨年から懇親会を行うことにしたそうですが、これは良かったと思います。なぜなら、このような同郷の会では、懐かしい人に出会い話をすることがいちばんの楽しみだと思うからです。
 ささいなことかもしれませんが、乾杯のだいぶ前だというのに、レストランの従業員がふた(栓)を開けたままのビール瓶をテーブルに並べたのも気になりました。ビールはふた(栓)を開けたときから炭酸ガスが逃げ、空気に触れて味が落ちていきます。レストランですから、せめてタイミングをみて栓を抜いてほしいと思いました。そのビールを、向い側に座っていた40代ぐらいの女性が同じテーブルの6人のグラスに注ぎました。
 やっと乾杯になり、皆さん泡のない、まずいビールで乾杯です。乾杯が終わった後で、また同じ女性が、中身の少なくなったグラスに注ぎ足うとしたので、私は「注ぎ足さないでください」、と言い、その訳を話しました。それと、他の人のグラスには入れなくてもいいですよ、と言ったら、「このような席では女性が注がなくてはいけない、と思っていました」、という答えが返ってきました。私は驚きました。この女性はこれまでの人生をどのように過ごしてきたのだろうかと思いました。今時、出席者の一人である女性が「女」だから酌婦の役を務めなければならない、と思っているなど私には想像外のことでした。
 総会の責任者がもう少し細かいことに気を遣えば、ビールのタイミングも、その他のこともすぐに解決できることだと思いました。もっとも、同窓会なんてものは、こんなものだよ、と言われてしまえば、初参加で二度目はないかもしれない、私の気にすることではないのかもしれませんが……。

 懇親会では参加者全員の自己紹介がありましたので、そこで本の紹介をしました。病院で歯科衛生士をしているという女性が、自分と同僚の分の2冊を買い求めてくれました。この方は、胃瘻の患者さんを、口から食べられるようにする仕事をしている、ということでした。最近も、ガンの患者さんに亡くなられて、心が痛んだことを話してくれました。
 私が自己紹介をしているときに、席の後方にいた白髪の男性が私に手を振っているのが見えました。私が席に戻ると、その男性が来て「しばらくです」と言って名乗りました。大学図書館在職中に、同じ高校の出身ということで誰かが紹介してくれて、一度だけ会ったことのある人でした。図書館職員といっても人数が多いので、学部や部署が異なると、退職まで会う機会もなく過ごすことも多いのです。
 同窓会が終わってから、お茶でも、ということで、駅の近くの「ルノアール」に入り、しばし在職中の話などしました。彼は、退職前の十数年は地方の大学勤務だったそうです。その各地の大学の図書館で保管している、貴重な資料を見る機会を持ったことは、何よりの財産ということでした。私も全く同感です。普段は学生や教官でさえなかなか見られない資料を、図書館司書は目で見ることができ、触ることもできるのです。それに、日々購入する大量の本を整理する段階で、読みたい本に出会えば借りて読む特権もありました……。
 懐かしい昔話の時間はあっという間に過ぎ、メールアドレスを交換し、駅で別れました。
 帰宅して、娘の遺影に向かって、持って行った本は売り切れ、思いがけずに何十年ぶりかで後輩の同僚に出会い、楽しかったことを報告しました。

                   
(2018年11月17日)


posted by ジャン吉 at 11:54| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月03日

心の中の娘と共に:(25)

 ヒマラヤスギの災難 
 9月末のある夜、台風で朝の3時頃まで眠ることができませんでした。8階までは、雨の音は聞こえませんが、風が強く、うなるような音が怖くて眠ることができなかたのです。こんなに強く感じた台風は、初めてです。
 翌朝は、台風一過で気持よく、いつもの公園に散歩に出かけ、公園の中に入って驚きました。銀杏とどんぐりで足の踏み場もないほどです。銀杏拾いの人も何人かいましたが、とても拾い尽くせるものではありません。それに、道は木々の枝や葉っぱで、歩くのもままにならないほどでした。それでも何とか一周してみるとさらにびっくり。公園の一番大きなヒマラヤスギが3本も根こそぎやられ、公園内の道を塞いでいたのです。
 ヒマラヤスギは私の両腕ではとてもまわらないほど幹が太く、高い木です。この地に住んで40年以上になりますが、その間、散歩に行く度にこの木の下を通っていました。あまりにも高いので、木全体を眺めることもありませんでしたので、実(球果)が生っていることなど気がつきませんでした。今回倒れていた木の葉の間から、実が生っているのが見えたときには感動しました。円錐形で松ぽっくりとよく似た、アボガドより少し大きめぐらいの実です。娘に見せようと思い、幾つか拾って帰りました。
 翌日の朝の散歩で、銀杏やどんぐり、木の枝や葉も片付けられて、散歩道は元通りになっていました。そして倒れたヒマラヤスギは2メートルぐらいの丸太になり、積み重なっていました。翌々日にはどこへ運ばれたのか丸太の跡形もなく、公園はいつもと変わらない姿で、散歩の私を迎えてくれました。
 ヒマラヤスギの実だけが、わが家の娘の遺影の前に置いてあり、台風があったことを思い出させてくれます。

近況あれこれ
豆台風
 先日、呼び鈴が鳴ったのでインターフォンに出てみると、「Kちゃん」という声が返ってきました。
 ドアを開けると、姪の子供Kちゃんとその友達3人の顔が並んでいました。「あのね、遊んでいたら雨が降ってきたの。いちばん近いのがここだから来たの」とKちゃん。
 とにかく上がってもらいました。それから姪に電話をし、傘を数本持って迎えに来るように伝えました。姪が迎えに来るまでの間、狭いわが家に、ひと時もじっとしていない子供の動きと、かん高い声があふれました。そして姪が迎えに来て、子供達が無事帰って行ったあと、後片付けをしながら、まるで台風のようだ、と思いました。子供好きのバルがいたなら、どんなにか喜んだことか……。
(2018年11月3日)
  
posted by ジャン吉 at 09:55| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする