2018年12月01日

心の中の娘と共に:(27)

 君しにたまふことなかれ
 朝の散歩で、ただ歩くだけでは5kmの道のりは長く感じて、途中で引き返す気持ちになるときもあります。それを防ぐためにいろいろ考えました。そして最近実行しているのが、中学校や高校で習った詩を思い出し暗唱することです。
 公園の道の最初の一周は、娘バルとの心の中での会話です。そして二周目からは詩の暗唱です。これまで覚えていた詩の中から、宮沢賢治の『雨ニモマケズ』、島崎藤村の『千曲川旅情の歌』『初恋』、佐藤春夫の『海辺の恋』『少年の日』、高村光太郎の『レモン哀歌』『あどけない話』『道程』、北原白秋『落葉松』などを暗唱しながら散歩すると、時間の過ぎるのが早く、あっという間に散歩が終わっています。
 今週からは、新たに与謝野晶子の『君しにたまふことなかれ』を加えました。この詩は、最初の1連と2連は覚えているのですが、その続きはうろ覚えでした。ネットで調べてメモし、散歩用の衣服のポケットに入れて、散歩のときにそれを見ながら暗記します。今日で5連のうちの4連まで暗記しました。ところが、
   暖簾のかげに伏して泣く
   あえかにわかき新妻を、
   君わするるや、思へるや、
   十月も添はでわかれたる
   乙女ごころを思ひみよ、
   この世ひとりの君ならで
   あゝまた誰をたのむべき、
   君死にたまふことなかれ
という、最後の連がなかなか覚えられないのです。自分にとって、覚えやすい語句と覚えにくい語句があるのかもしれません。
 この詩を暗唱していて最初思ったことは、弟への愛を詠んだ詩ということですが、明治時代にこのような、反戦詩ともとらえられる詩を詠んだ晶子は、国家主義や皇室中心主義の人たちの反感や攻撃に遭わなかったのだろうか、ということでした。でも、何度も何度も暗唱しているうちに、反戦詩というよりも、召集され戦地で戦っている弟に、生きて帰ってきてほしい、という晶子の肉親への強い愛を詠んだもので、その愛を表現するために、為政者も天皇も添え物程度にしか思っていなかったのかもしれない、と私は思うようになりました。
 与謝野晶子は「歌はまことの心を歌うもの」と言っています。『君死にたまふことなかれ』の「まこと」は、肉親への強い愛と思うのは、私の思い違いでしょうか。
 詩といえば、ずうっと気になっていることをもう一つ。中学一年生になって、最初に習った詩がジョン・ラスキンという人の『学校へ行く道』という詩でした。私が覚えているのは、以下のような部分です。
 学校へ行く道
   冬の間は氷がはり、冬の間は雪が降って、
   学校へ行く道は長く寂しかった
   だが愉快な春がきて 花が開き鳥が歌えば
   学校へ行く道のなんと短いことだろう
   教室の時間のなんと楽しいことだろう

これだけのうろ覚えなのですが、なんとなく心惹かれるものがあり、全体をきちんと知りたいとずっと思っていました。ネットで調べても出てきません。中学校の同級生の何人かに聞いてみたのですが、覚えている人はいませんでした。
 カール・ブッセの『山のあなた』や、ヴェルレーヌの『都に雨の降るごとく』はたいていのひとが知っているのですが……。

近況あれこれ
娘の走る姿
 12月に入りました。今日はこれから本郷の小料理屋「入舟」の皇居一周マラソンに参加の予定です。「入舟」は既に閉店して何年も経っていますが、店主だった中島さんと常連さん達との関係はいまだに続いており、年に何度か集まりも持っています。今年は春の高尾山ハイキングと今回のマラソンです。マラソンといっても、走れない人は歩きで参加します。私も今は歩きです。
 生前、娘バルも何度も参加し、皇居の周りを走っています。あるときなど、バルはコースを間違えて、一人で大回りしたこともありました。
 今日も、バルはきっと皆さんと一緒に走り、終わった後のビールを美味しそうに飲むことでしょう。その光景が今から私にははっきりと浮かんでいます。

(2018年12月1日)
posted by ジャン吉 at 10:08| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする