2018年12月15日

心の中の娘と共に:(28)

熟(う)んだっこ 
 柿の出回る季節も過ぎてしまいました。らでっしゅぼーや(有機野菜の会)では早くからカタログに載っていて、毎週取り寄せていましたが、こちらの柿は硬くて大きくてしっかりした種類のものが多く、皮をむいて硬いままを食べていました。
 その後、今年は柿の生り年なのか、あちこちから柿を頂きました。中が黒っぽい色の柿や、まん丸の市販の柿よりはだいぶ小さめの柿などです。その中に少し柔らかい柿があったのを目にして、故郷で「熟んだっこ」と呼んでいた柿のことを思い出しました。
 さっそく、そのまま二日ばかり置いて触ってみたら、柿の中身がトロトロの感じで、いい塩梅です。その一つを手に取り、皮に小さな穴を開け、そこに口をつけて、中身をチュウッと吸いました。美味しい、懐かしい味がしました。「熟んだっこ」の味です。すっかり中身を吸い尽くして、皮だけになりました。その皮を捨てるのも惜しくて、二つに割って皮の内側に付いていた僅かな「とろみ」をも嘗め尽くしました。
 柿は「熟んだっこ」がいちばん好きだし、美味しいと思いました。故郷大船渡では柿といえばどのうちの木も渋柿で、私の家の庭の柿も渋柿でしたので、干し柿にするか、柔らかめの柿は納屋でせいろに藁を敷き、そこに柿を並べて何日か寝せておき、「熟んだっこ」状態にして食べていました。
 今回のカタログで、旬の最後ということなのか、訳ありで特価の柿(2s1600円)が載っていましたので、「熟んだっこ」にしようと思い、注文しました。「訳あり」は不揃いで、「熟んだっこ」に適した小さめの柿も混じっているに違いない、と勝手に決めて届くのを待ちました。届いてびっくり。「訳あり」は、これまで見たこともない大きな柿ばかりだったのです。自分の勝手な思い込みを笑うしかありません。大きくても、かたくても、とにかく試してみようと思い、空き箱に新聞紙を敷き、一個づつキッチンペーパーに包み、その上をタオルで覆いました。3週間ぐらいで「熟んだっこ」完成(?)を信じて。
 そういえば、娘バルの生前にも、「訳あり」レモンを頼んだら、見たことのない大きなレモンが届いて、二人で大笑いをしたことがありました。「お母さん、また訳ありに外れたの?」という娘の声が聞こえてきました。
 時代小説の中にも、江戸時代「熟んだっこ」と同じように柿をある期間寝せて置いて食べる方法があり、食通だけが楽しめた話が載っていましたので、美味しい柿の食べ方としては昔から知る人ぞ知る、だったのですね。
 娘バルも「熟んだっこ」が好きでした。緩和ケア病棟に入院していたときにも、妹が柿を持ってきてくれて、翌日少し柔らかくなったのを「食べる?」と聞くとうなずいて、美味しそうに食べていました。二年前のことです……。

近況あれこれ
つゆ草の種子
 ベランダに、黒くて小さな粒が数え切れないほどたくさん落ちていました。なんだろうとよく見ますと、つゆ草の種子でした。一つのさやの中にたくさんの種子が詰まっていて、そのさやがはじけて種子が飛び散っていたのです。小さな花からは想像もしなかった種子の量に、必死に次世代へ命をつなごうとする姿をかいま見た思いがしました。来年も咲いてくれますように、と少しだけ残して鉢にばらまいておきました。
 娘ともよく眺めたつゆ草が、来年も娘の目の色と似た青い花を咲かせてくれますように。
                    
(2018年12月15日)
posted by ジャン吉 at 13:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする