2019年02月23日

心の中の娘と共に:(32)

近所の中華やさん
 近所に「栄来」という中華料理の店があります。私がここに住んでから40年余りになりますが、引っ越してきたときには、この店は営業していましたから、いろいろな店が様変わりするなかで生き残っている、数少ない店の一軒です。生き残るためには、苦労もあったとおもいますが、何年たっても変わらないのが味と値段です。どちらも店にとっては大事な柱とも要ともいうべきものだと思いますが、それを変わりなく続けていることには脱帽です。
 引っ越してきて最初の頃、妹一家が毎週のように遊びにきていました。そして時々外食したのが、家から近かった「栄来」です。特に義弟がこの店の中華そばが大好きでしたし、まだ小さかった甥も姪もよく食べました。私はいつも天津麺でした。とろみのある醤油味のスープを気に入っていました。その後、広東麺を食べたらこちらも気にいり、しばらくは広東麺が続きました……。

 あれからときは流れ、義弟はすでに亡くなり、甥も姪も子の親。姪は私が住んでいる縁で、結婚してから近所に住むようになりました。小学二年生の姪の子供Kちゃんは、「栄来」のラーメンや餃子が大好きです。
 散歩の帰りのある朝、登校するKちゃんと出会いました。「今日は帰りにいくちゃん(私)の家に行く日」とKちゃん。Kちゃんの分も「栄来」の餃子を取っておくからね、と私が言うと「やったあ!」と言ってKちゃんは学校へ駆けて行きました。
 昼近くに、妹と姪がわが家にやってきました。隔週ごとに娘バルの遺影の前に挿す花と、水を二箱(2ℓ入り12本)持ってきてくれます。
さっそく昼食の注文です。ここのところずうっと、妹と姪はホイコーロン丼、私はネギみそラーメン、そして餃子を四人前。餃子は、メニューには「7種の野菜餃子」と載っています。皮からの手作りで、10cmぐらいある大き目の焼き餃子です。タレはつけないでそのまま食べてちょうどいい味です。ところが、この日は「栄来」に注文の電話をした時点で、餃子はこれから作るので、出来上がるのは夕方になる、とのことでした。私は、朝Kちゃんと約束したのに、果たせないで困ったなあと思いましたが、店に無いのではどうしようもありません。
 餃子抜きで注文して間もなく、チャイムが鳴り、「栄来ですが」という声。もう届いたかしら、と思い、ドアを開けると「栄来」のいつも出前にくるお兄さんでした。「餃子のことですが、作り置きの皮があったので、少し待ってもらえばできそうです」というのです。わざわざ知らせに来てくれたお兄さんに、私は「ぜひお願いします。遅くなっても構いません」と答えました。それから30分ほどして、熱々の注文品が届きました。そして、学校帰りのKちゃんのお腹にも、無事餃子が治まりました。私はKちゃんとの約束が果たせてほっとしました。
美味しい店が近所にある幸せ……。ささやかな幸せですが、無くては困る大切な幸せでもあります。

近況あれこれ
 今日は姪の子供Kちゃんに誘われて、区立の熱帯館で遊んできました。週末は子供の入館料が無料ということで、けっこうにぎやかでした。目的は午後3時から行われる魚への「エサやり」です。私も初めて見たのですが、どの魚も工夫(?)して上手にエサを口にするので、見ていてとても楽しかったです。それからKちゃんのお勧めで、「ヒトの皮膚を食べる魚」のところに行きました。「ガラ・ルファ」という名の、西アジア産の小魚です。水槽の上に指を入れる穴が開いていて、そこから人差し指を入れてみたら、たちまちガラちゃんたちが集まってきて、私の指を舐めるようにして角質を食べてくれました。指を水槽から出して見ると、他の指と比べて、爪の甘皮がほとんどなくなっていました。
 帰り道、Kちゃんの好きなお菓子を買ったら、「いくちゃんは孫に優しいのね」とKちゃん。「私の孫ではないけど、孫もどきかな」と私。
                       
(2019年2月23日)
posted by ジャン吉 at 18:08| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月02日

心の中の娘と共に:(31)

一杯のコーヒーから
 日本橋三越地下の、食品売り場での買い物の帰りに、必ず寄るのが、地下鉄の改札口に近いところにある、コーヒー売り場です。最近は、デパートでの買い物が目的というよりも、この店で一杯のコーヒーを飲むことの方が主目的かもしれない、と思うようにもなりました。この店のエスプレッソが気に入っています。

 私が「コーヒー」という飲み物に初めて出会ったのは高校生の頃でした。生家のある故郷は、岩手の港町でしたから、漁師相手の飲み屋はたくさんありました。でも喫茶店は無かったと思います。私は、コーヒーを知りませんでした。あるとき、どこの誰に貰ったのかは覚えていませんが、平べったい缶に入った、コーヒーと対面したのです。誰もいない家の中で、こっそり缶を開け、焦げた色の粉を目にして、こんなものを飲むなんて、と思ったのですが、とにかく、湯飲み茶わんに入れてお湯を注ぎました。すると、なんとも言えない香りがしたのです。香りに誘われて口に含んでみると、悪くはない、と思いました。

 東京での生活が始まると、コーヒーは、日常生活に無くてはならない飲み物に変わりました。当時は、至るところに喫茶店が存在し、人と会うにも、話をするにも、すぐ喫茶店に入ります。注文するのがコーヒー。その頃の喫茶店のコーヒーの味は、どの店でも似たようなものでした。それでも、少しずつコーヒーの味を覚え、少しでも美味しいと思った店に入るようになりました……。
 その後、やはり上京し、近所に住んで大学に通っていた、従弟の宰君が、卒業するときに、お世話になったからと、手挽きのミルをプレゼントしてくれました。それからは、毎朝豆を挽き、ネル(布)ドリップでコーヒーを淹れていました。好みも深煎りのブラックに定着しました。というのも、たまたまコーヒー店で飲んだときに、生っぽい味を感じたことがあり、それが浅煎りの豆を使ったブレンドということを知り、焙煎に興味を持ち、深煎りのイタリアンブレンドにたどり着いたのです。砂糖やミルクを加えると、コーヒーの味が変わるのも好みではなく、自然ブラックになりました。

 娘バルと暮らすようになっても、朝のコーヒーは続きました。知り合いのコーヒーショップで焙煎直後の豆を買い入れていましたので、わが家の来客にも「美味しい」と好評でした。
 日本橋三越の地下のコーヒー売り場で、エスプレッソを初めて口にしたことで、長年気になっていた、コーヒーに関する一つの謎も解けました。
 娘とブラジルに行ったときのことです。ブラジルのコーヒー店で何度かコーヒーを飲んだのですが、どこでもデミタスカップよりも小さな細長いカップに、砂糖たっぷりのコーヒーが出てくるのです。娘に聞けば良かったのですが、日本のコーヒーとは違う飲み方なのだなあ、と勝手に思い込んでそのままに過ごしてきました。が、心のどこかに「ブラジルのあのコーヒーは何だったのだろう」という疑問が残っていたのです。
 エスプレッソだったのですね。イタリアやフランスではコーヒーと言えばエスプレッソのことを指すようですが、ブラジルもそうなのでしょうか。日本で飲んでいるコーヒーが世界中ほぼ同じようなもの、と思っていましたから、私は深煎りまでたどり着きながら、エスプレッソの存在に気がつかなかったのです。
 
 ミルを抱えてやってきた、従弟の宰君も若くして亡くなり、毎朝一緒にコーヒーを飲んだ娘のバルも亡くなりました。一杯のコーヒーを飲むたびに、宰君やバル、そして折々に、コーヒーを楽しんだ友人たちのことを思い出します。
 
近況あれこれ
 昨日、今年初めて三越に買い物に出かけました。酒売り場の前を通ると、「弥右衛門」という酒の名前が目に留まりました。立ち止まってパンフレットの写真を見ると、娘バルの旅行先での写真と同じ造り酒屋の入り口が写っていました。
 バルが友達と二人で福島に旅行したときに、「お母さん、日本酒を飲んできましたよ」と、言ったことがありました。昨年、その喜多方市の大和川酒造店の前で撮った娘の写真を整理しながら、機会があったら「弥右衛門」というお酒を飲んでみたい、と思ったのです。
 思いがけず、早くもその機会が訪れました。私は、「試飲だけお願いしていいですか」と、造り酒屋から来ている販売員に聞きました。そして純米辛口と大吟醸辛口を試飲させて頂きました。辛口の割には甘味もしっかり感じられ、重みのある酒だと思いました。美味しいとは思いますが、もう少し淡白なほうが私の好みかな、と感じました。それでも、心に思っていたことが一つかなえられて、昨日は良い日になりました。お酒の試飲後、いつものコーヒー売り場でカプチーノ(エスプレッソに温めたミルクをいれたもの)を味わいながら小休止し、帰宅。娘の遺影に報告しました。
(2019年2月2日)
posted by ジャン吉 at 13:05| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする