2019年05月25日

心の中の娘と共に:(38)

 セリ
 お正月にスーパーから買った一束のセリが、今わが家のベランダで育っています。
 お雑煮に使おうとして買い求めたセリですが、使った後の根の付いた部分を捨てがたくて、鉢に植えました。そして5月まで、15pぐらいまで成長したセリを数回摘んで食べました。量も、買ったときとほぼ同じぐらいあります。

 私が故郷大船渡で馴染んでいたセリは、スーパーのセリのように縦に伸びたものとは異なります。茎の長いのを「水ゼリ」というそうですが、私の故郷ではセリというと茎の短いものがほとんどでした。
 稲刈りの終わった田んぼは、水の無いまま、翌年新しい苗を植えるまではお休みしています。春も早い時期に、その田んぼやくろ(田と田の仕切り)などに、毎年セリが生えてきます。赤っぽい茎は短く、地面にしっかり張り付いたように生えていますので、セリ摘みは、包丁で根をこそぎ取るように切離していました。田んぼのそばの堰や小さな沼の中には茎の長いセリも見受けられましたが、それほど多くはなく、水の冷たい季節でもあり、水の中のセリまでは摘まなかったように思います。
 セリ摘みは子供の仕事でした。学校から帰ると、近所の仲良し2、3人で誘い合って出かけます。人数が多いと競争が激しくなるので、3人ぐらいまでです。手籠(てかご)と包丁を持って、その日の摘む場所を話しながら決めていきます。田んぼの周りには、どこにでもセリが生えているので、どの方向へ行っても収穫できます。
 摘んだセリを家に持ち帰ると、まずは茎の古いところや、他の植物の葉などのごみを取り除きます。それから水に放し汚れを落とします。母はいつも茹でておひたしにするか、味噌汁に入れていました。赤っぽい茎や葉が緑に変わる瞬間が好きで、私はいつも母のそばで見ていました……。

 ベランダ育ちのセリは、からし和えにして食べようか、それとも味噌汁の具にしようか、と最初はあれこれ思いを楽しんだのですが、叔母の家にはからし和え、自分には二度も収穫しながら、味噌汁だけで終わってしまいました。
それにしても、一年中何度も摘むことができるセリなんて、不思議ですね。季節感がまるっきり失われてしまって、何度も何度も、私の餌食になる運命を背負ってしまったことに、セリといえども、同情してしまいます。

近況あれこれ
母の日
 娘バルが亡くなったのは2016年の10月です。この年の母の日にも、例年どおり、プレゼントのバラの花をもらいました。
 そのときに娘からもらったバラの花は、枯れたまま、まだ玄関に飾ってあります。それを、母の日が近づくと、娘の遺影のそばに移し、カードと共におきます。カードには「ママエへ 今日は母の日!おめでとうございます!いつも色々とお世話になりっぱなしで 本当にありがとう。バル」と書かれています。読んでいると、娘がそばにいるかのような錯覚に陥ります。
 今年の母の日が近づいたある日、看護師の茜ちゃんが旦那様と訪れ、たくさんの深紅のバラを「お母さんに」と、下さいました。彼女は、娘が入院していた時に、私と交替で何度も病室に泊まって、娘を見守ってくれた人です。さっそく大きな花器にバラを活け、遺影の前に置きました。3年前にバルからもらったバラと、今年茜ちゃんからもらったバラが並んでいます……。

 三年前の5月25日、ブログを更新し「お茶でも飲もうか」と、娘に言ったら「お母さん、熱があるみたい」と娘。そして眠れぬまま一夜を明かした娘は翌日入院。10月には、娘は帰らぬ人となりました。
 三年前と同じように「バル、お茶でも飲もうか」と、遺影に呼びかけてみました。
                       
(2019年5月25日)
posted by ジャン吉 at 16:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月11日

心の中の娘と共に:(37)

令和元年初日
 令和元年初日。朝7時目覚ましで目覚め、布団の上でヨガ。起きてから朝食の「黒五」(野生種の黒色穀物 黒米・黒大豆・黒胡椒・松の実・黒加倫のペプチド粉末)を湯で溶き、カップ1杯飲む。それから今日、86歳で介護の援助を受けている、ひとり住まいの叔母の家に持っていくものの準備をする。
 炊きあがったばかりのご飯を、叔母と私の昼食用に弁当箱に詰め、牛丼の具と紅ショウガをのせる。残りのご飯をおにぎりにする。それから卵をゆで、昨夜から煮干しを浸けておいた鍋で味噌汁を作る。具は、岩手の実家から移植したニラと、ジャガイモと三之助豆腐。出来上がった味噌汁は、スープジャーボトルに入れる。それからベランダのセリを摘み、ゆでて、からし和えにする。
 その他、今日持参のリストです。叔母の好きなものばかりです。

 @ 牛丼 2個 昼食用  (和牛、胚芽米 無農薬) 
  おにぎり 3個 (胚芽米 無農薬) 
  味噌汁 (岩手の実家のニラ・三之助豆腐・じゃがいも)1椀分
  ぬか漬け 自家製(有機野菜のキュウリ・カブ・ニンジン)
 A セリのからし和え  (ベランダの鉢植え)  
 B ブロッコリーのくるみ和え    (有機野菜)
 C 焼き芋 1本 (紅はるか)
 D タケノコのシュウマイ 1パック  (らでぃっしゅぼーや)
 E きんときまめ(煮豆)   (らでぃっしゅぼーや)
 F ミニトマトアイコ(島原産)  1パック  (有機野菜)
 G 春キャベツ 二分の一個  (有機野菜)
 H ゆで卵 4個  (平飼い卵)
 I 果物  いちご  1パック(有機栽培)  
 J お菓子   大福 2個  くるみゆべし 1個

 叔母の家まで、電車で片道2時間。文庫本1冊読み切る時間です。今日の車内はいつもとかわらない様子で、席も空いていましたので、読書に専念。
 叔母の家に入ると、正座している姿が見えました。2週間前には、ベッドで半身を起こすのがやっとでしたが、今はトイレまで歩けるようになったそうです。一緒にお昼を食べるときには、私にお茶も淹れてくれました。2月から身動きもままならなくて、「死ぬかと思った」と言った叔母が、ここまで回復したことを、私はとても嬉しく思いました。持参した春キャベツを刻みながら、「包丁が切れない」と私が言うと、「そう言われると思っていた」と返して笑った叔母。その笑顔は、私が令和元年に頂いた、最初の貴重な贈り物だと思いました。
 4時間ばかり話をし、叔母の家を出ました。電車の駅まで歩きながら、私は思いました、決めました。「平成」のほとんどは娘バルとともに過ごし、見送りました。「令和」は、つまり、私に残された日々は、最近外国人に日本語を教える、ボランティア活動に参加したことも含めて、叔母をはじめ、誰かのために何かできることがあれば、そのために生きよう……と。
(2019年5月11日)


posted by ジャン吉 at 08:43| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする