2020年06月14日

心の中の娘と共に:(58)

すべてのことは自分が何かを学び、深まるために起こる
 三島由紀夫は小説「仮面の告白」のなかで、自分が産湯につかっている情景を主人公が回想している場面を描いています。創作とは思いつつも、三島由紀夫の記憶は生まれて間もなくからあるのではないか、などと思われたりもしているようです。では、実際にはいつから記憶は残るものなのでしょうか。
 今回、自分がウイルスに弱いことに気づいてから、幼児のときにも病気をしているのではないかと、記憶をたどってみました。
 幼稚園に入った5歳からの記憶はあるのですが、それ以前の記憶は、時の流れの中での、停止した場面としての記憶だけです。
 いちばん古い記憶は、戦争がまだ終わっていないころのものです。一つは家の縁側で祖母が風呂敷を広げて仏像や位牌を包んでいる場面です。もう一つは、「くうしゅうけいほう」と言いながら、家の裏の土手道を歩いている記憶です。その時に被っていた防空頭巾の模様が細かい格子柄だったことも記憶しています。一つ目の記憶は、空襲の時に逃げる準備だったようです。二つ目の記憶は祖父の物まねだったそうです。終戦の20年8月には、私は2歳5か月ですから、2歳ぐらいの記憶といっていいかもしれません。
 それから、布団の中にいて、天井を眺めていた記憶です。このときには、疫痢に罹っていたのだそうです。向かいの家の仲良しの男の子も罹り、その子は亡くなり、私が助かったことで、しばらくは外に出してもらえなかったそうです。疫痢は3歳か4歳だと思います。
 小学生のころにはトラコーマで眼科に通い、中学生のころには結核に罹っていますが、学校を休むまでには至らなく、パスという粉薬を飲んだのを覚えています。
 前回のブログで、「病気に弱いから、AB型人口は他の血液型に比べて少ないのかなあ、だとしたら、これまで生きてこられた自分に感謝しなくては……」と書きましたが、その後病気のリスクが血液型で差が出る研究結果が、2009年に米国国立がん研究所で発表されていたことを知りました。そこに「O型は感染症のマラリアに強いといわれている。マラリア患者が多い赤道付近の先住民のO型が多いのは、マラリアに打ち勝って生き延びてきたとみられている。」とありました。ということは、「病気に弱いから、AB型人口は他の血液型に比べて少ないのかな あ、」という私の考えは単なる推測というよりも、案外真実をついているのかもしれない、と思いました。
 実際、世界的にはO型人口がいちばん多いそうです。それに比べてAB型人口は、存在しない国や、あっても2,3%が多く、日本の9.4%という数字は世界的にはトップにちかい比率らしいのです。島国であることや、鎖国などで日本が孤立していたことによって、AB型が守られてきたのかなあと、またまた私の想像が続きます。

 疫痢、トラコーマ、結核、みな感染症です 。私は幼児のころから病気に感染し易い身を抱えて生きてきたのですね。今回のコロナウイルスによって、自分の病歴を思い返し、病気、特に感染症に弱いことを知る、という学びを得ることができました。いつだったかネットで拾った誰かの言葉が思い浮かびました。
 「すべてのことは自分が何かを学び、深まるために起こる」
紫陽花
 6月14日。2016年6月14日は、娘バルが一般病棟から緩和ケア病棟に移動した日です。その日、緩和ケア病棟では、音楽室で小さなイベントが行われていました。折り紙でアジサイの花や葉を作り、台紙に張り付ける作業です。熱もあり、鼻腔酸素吸入器を付けた状態だったバルも参加しました。その時の娘の作品は小さな額に収まって、我が家の廊下の壁にかけてあります。私は廊下を通る度にそれを見て、娘の細くて柔らかな手まで思い出し、涙を流します。
 ベランダには、娘のカンツォーネの会の友達から頂いた紫陽花が、我が家で三度目の花を咲かせています。
(2020年6月14日)
posted by ジャン吉 at 10:08| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする