2017年12月01日

心の中の娘とともに:(2)


本を読んで
 妹の同級生の方から、「ホーザ:ブラジルからのおくりもの:日本でがんと闘ったバルの記録」を読んだ感想を寄せていただきました。
 「娘さんの一周忌に心から哀悼の意を表します。
 先日妹さんから紹介いただいた折には闘病記なのかなと思っていました。しかしながら、お子さんの生き様、病気を治そうとする親子の必死の努力、医療従事者の措置言動に敏感に反応する様子、それを見守る家族の姿に加えて、実家のこと、昔の大船渡の習慣、津波のこと、一人で亡くなった弟さんの部屋を訪れた時の様子と、家族誌でもあり、大船渡で津波に曝された人々の生々しい姿を伝える記録でもありました。
 まだ途中までしか読んでおりませんが、胸が締め付けられるようです。
 読了後の感想を付記して、12月2日(土)開催の第33回首都圏さんりく大船渡人会の集いにて参加者にチラシを配りたいと考えております。」

 この方は、2011年の災害後、故郷大船渡のために、様々なボランティア活動をされている、と同級生である妹から聞いております。妹もまたその手伝いをしているようです。
 本を読んだ方々から、様々な感想を寄せて頂いておりますが、この方のように私の拙い文から、これだけのものを感じ取って頂けるということに、この本を出して良かった、著者冥利に尽きると思いました。

 今日はまた娘のカラオケ友だちで、特に親しかった方からもお手紙を頂きました。
 「ブラジルで生まれ育った秋さんは、日本人以上に日本人らしく、人懐っこさや思いやり、言葉遣いがとてもきれいで、もちろん美人さんで正義感が強く、行動力も素晴らしかった。どんな人にも平等で、心根の暖かな優しい女性でした……」。
 この方も、本は泣きながら読み、読んでから何か私たち親子のためになることをと考え、本屋で10冊買い求め、友人知人に読んで頂いた、とのことでした。そしてその読んだ方々からもたくさんの感想を頂いたそうです。
 本を出したことによって、娘ばかりか、私まで、多くの人に支えられていることを、よりいっそう悟らされた気がします。

近況あれこれ
Kちゃんが友だちを連れて来ました
 チャイムが鳴り、「どなたですか」という私の問いに「Kちゃんです」との返事。ドアを開けると自転車を傍らにしたKちゃんが立っていました。「のどが渇いたから来たの」。
 今日は日曜日。土日は大抵お父さんと遊ぶKちゃんの突然の訪問に、両親と一緒に来たと思い、Kちゃんの後ろのほうを伺うようにしたら、「あのね、Uちゃんも来たの」とKちゃん。ドアの蔭から男の子が現れました。
小学生になって、同級生のお友達ができたKちゃんが、初めて友だちと一緒に我が家に遊びに来たのです。驚きと同時に、Kちゃんが自分の意思で行動できるようになったことをとても嬉しく思いました。それでも「ここにいることをお母さんに電話してね」と、気づかいを忘れないKちゃん。
 アイスクリームを食べ、わが家に置いてあるKちゃん用漢字の練習帳を出してきて、U君と二人で漢字の読み比べをしてから、またどこかへ遊びに行きました。
 Kちゃんはバルと仲良しでしたから、バルがいたらどんなに喜んだことか、と思いながら後片付けをする私の顔は自然にほころんでいました。
(2017年12月1日)

posted by ジャン吉 at 15:58| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月18日

心のなかの娘とともに:(1)


タイトルカバーのバラの花
 花屋さんから花が届きました。その花束を見て「おや?」と私が思ったと同時に「このバラはお客様から色を指定されたものです」、と届けた店員さんが言いました。そうなんです。「ホーザ:ブラジルからのおくりもの:日本でがんと闘ったバルの記録」のタイトルカバーのバラが花束となって届いたのです。カードには「心よりお悔やみ申し上げます。明るい笑顔のバルさんを思い出に」と書かれていました。
 贈り主二人の名前の一人には覚えがありました。娘の知り合いで、ブラジルに駐在していた方の奥様の一人です。私は娘から詳しい話は聞いていませんでしたので、娘が亡くなったときに連絡もできませんでした。今回娘と私の本が出たことで娘の死を知ったようです。早速送り状の欄に記載されていた電話番号にかけてみました。その方の話では、もう一人の方はブラジルで娘がポルトガル語を教えていた時の生徒だったそうです。娘が日本に来てからは、神戸のUCCコーヒー博物館で働いていた時に一度会ったことがあるそうです。その時のバルの嬉しさが伝わってきそうな気がしました。遠い国ブラジルでのバルを知っている、そしてこれからも忘れることが無いと言ってくださる方々。娘バルも感謝していると思います。

 その翌日には、以前我が家で近所の女性たちと、月に一度の麻雀をしていた頃のメンバーの一人が、ユリの花を抱えて来宅。久しぶりに会った彼女もすでに退職し、今は週3回のみ仕事に行っているそうです。
 月日の経つのは早いものです。私も2年近く麻雀から離れていたら、計算の細かい部分を忘れていることに気が付きました。幸いとでもいうのでしょうか、近所に住んでいる姪一家が遊びに来たときに、姪の夫が麻雀好きの私のために、iPadの動画で麻雀プロの試合がいつでも見られるようにしてくれましたので、それを見て、忘れていた計算を少しずつ思い出す訓練をしています。ちなみにiPadは娘が使っていたものです。それにしても、さすがはプロ、初めてプロの試合を見て、目から鱗の心境でした。私のこれまでの何十年もの麻雀歴はいったい何だったのだろうかという反省と、これからも麻雀を続け、より強くなりたい、という気持ちが強まりました。
 今日もたくさんの花に囲まれて、娘の遺影の笑顔がいちだんと増したような気がします。

 「ホーザ:ブラジルからのおくりもの:日本でがんと闘ったバルの記録」が出版されてひと月になります。
 先日は、娘が日本に留学できるよう、骨を折って下さった元駐在員の方からお手紙を頂きました。そこには、日本留学に至るまでの経過が書かれておりました。
 その方は、駐在員の集いの場でバルを知り、バルからから日本語と日本の歌に興味があるということを聞き、日本へ送る道を模索し始めたそうです。
 日系人の子弟には日本への留学の道が開かれていたので、そのルートに乗せることができれば、バルの日本留学の夢もかなえられるのではないかということにたどり着き、イタリア系のバルを日系社会にどのようにアピールしていくか、その第一歩が日本語弁論大会でした。入賞はしなかったけれども、日系新聞に記事が大きく出たおかげで、バルは日系社会に知られるようになったそうです。そしてそれが留学への道につながったということです。
 ブラジルの一人の娘バルの「日本に行きたい」という希望をかなえるために、何人もの人の助けがあったことを知りました。ここにも、いいときにいい人たちにめぐり合える幸せを持った娘がいたのです。
(2017年11月18日)
posted by ジャン吉 at 09:52| Comment(1) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月30日

むなしい日々:(36)

 思い出すことなど

 10月18日は娘バルの祥月命日です。
 雨続きの毎日だったのが、10月18日の朝は青空が目にまぶしいほどの晴れた日になりました。深紅のバラが好きだった娘のために、花屋さんに買いに行こうと玄関に出て靴を履いたところに、宅配便が届きました。本日発行の本と、ランの花です。外出は止め、早速荷を開けてみました。 
 「花のように 人を引き付ける秋さんが思い出されます」と書かれたカードと共に届いたランの花は、娘に聖書を教えて下さっていた方のご両親からでした。娘の命日を覚えていてくださったのですね。感謝です。
 それから本の荷を開けてみると、私と娘の生きた証しがそこにありました。1冊を手に取り、巻頭の写真を目にした瞬間、娘を見送ってからの悲しみの日々から、やっとここまでたどり着いたことに感無量のものがありました。近所の阿部さんに手伝ってもらい、先ずはお世話になった方に送る作業をしました。一段落ついたところで、深紅のバラを買いに行くことを思い出しましたが、来客もあることだし、と外出はしないことにしました。夕方、近所の鈴木さんが、花を抱えて訪れました。「バルちゃんが好きだったから」と言って頂いたのが深紅のバラでした。買いに行こうとしたところに、荷が届いたので買いそびれたことを話すと、鈴木さんは「私が持ってくることをバルちゃんは分かっていたのよ」と笑顔。
 他にも、クリスチャンの友だちがトルコ桔梗を、また丸の内で知り合った友だちからは娘の好きなオレンジ色の華やかな花を頂きました。たくさんの花に囲まれて、娘の遺影の笑顔がいちだんと増したような気がします。

 「ホーザ:ブラジルからのおくりもの:日本でがんと闘ったバルの記録」が出版されてからあっという間に日は過ぎて、まもなく11月に入ります。読んで頂いた方からの感想のほとんどが「バルちゃんが喜んでいると思います」と言って下さいましたので、私もほっとしています。「この本を読むと彼女が過去の人になってしまうようで辛い」という方もおりましたが、本はバルを忘れるためではなく、忘れないために書いたものですから、読んで皆様の心の中でバルを偲んでいただければと思います。

近況あれこれ
Kちゃんとの会話 
 小学一年生のKちゃん。毎日5時間授業で、帰宅は2時半。帰ると宿題を済ませ、それから遊びに出ます。夏の間は5時半の帰宅チャイム(区の放送)までは2時間ほど遊ぶことができたのですが、10月に入ってからはチャイムが1時間早まり、遊び時間が少なくなりました。宿題が長引くと、遊びに出られない日もあります。たまたま、私が散歩に行く途中に、用事で姪のところに寄ると、遊びに出たがっているKちゃんが「お母さん、いくちゃんと散歩に行きたい」と言います。姪が「いいよ」と言うと喜々として一緒に出ます。私は、普段三回回る公園を、一回りだけにしてKちゃんの遊びに付き合います。ブランコにすべり台、ジャングルジムと、フルコースをこなします。
 その間の会話
Kちゃん「バルちゃんはお星さまになってお空にいるのよね」
私「そう、いくちゃんも、もう少ししたらバルちゃんの所に会いに行くよ」
Kちゃん「いくちゃんも死ぬということなの?」
私「そう。みんないつかは死ぬの」
Kちゃん「じゃ、Kちゃんも、Kちゃんの子供も死んでお星さまになるんだ。でも、Kちゃんは子供に会えるかなあ……」
私「みんなでまた会えるよ」
(2017年10月30日)
posted by ジャン吉 at 09:28| Comment(2) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする